不条理 稲垣建吾

 2017-03-19
こんにちわ、4年の稲垣建吾です。
春色のみぎり、皆様には変わりなくお元気とのことで何よりに存じます。

さて、私は今春から社会人として人生の夢の実現への第一歩を踏み出します。
それはさておき、月並みですが、南山大学の陸上競技部、引いては、陸上競技に身を捧げる全ての方々にただただ感謝の気持ちで一杯です。

陸上競技が最も私の人格形成に影響を与えた要因であるのは間違いありません。
ただ、陸上競技をやっていて楽しかった思い出は極わずかでした。
特に、陸上競技というスポーツの性格上、結果が客観的であるので常に緊張感を伴いますし、何よりも現実を突きつけられます。誤魔化しの効かない競技です。
だからこそ、素晴らしいのです。
陸上競技は努力した結果が数値としてダイレクトに反映されるので努力した「証」やその努力自体が「正しかった」かどうかが一目でわかります。
今後、社会に出ると、全ての結果が数値化されるとは限りません。それだけでなく、環境や、人脈、能力、運などの変数によって自分の努力の方向性が正しかったことがわからなかったり努力したとしてもそれが形として残らない場面に直面する機会はあると考えています。
つまり、より緻密に計算して努力しないとなかなか結果を出し続けるのは難しくなるのではないでしょうか。
よって、私は比較的結果に対する変数が少ないであろう陸上競技は自分と向き合い、自分を客観的に捉えて、以前の自分を超える結果を出す訓練としては最適なスポーツだと思います。
これで私も少しは陸上競技の普及に貢献できたでしょうか。
今後、社会に出ると、自分だけでなく、上記に挙げたような様々な要因を考慮して結果を出す仕組みを発見しなければならないと思うと今から疲れますね・・・。

ただ、私は陸上競技の方が結果を出しやすいと言ってるわけではありません。
どちらかというと先天的な身体的要素を必要とされる競技の方が結果を求めれば求めるほど酷な現実に突き当たると思います。世の中の全ての人間はなんらかの「結果」によって評価される以上シビアですし、そういう意識の元で自己研鑽されるべきだと思います。
誰もが努力しただけでメダルや表彰台に登れるわけではありません。しかし、それでも陸上競技を選ぶ人の中には腹の底では「好き」という気持ちがあるからではないでしょうか。
しかし、向き不向きと好き嫌いが一致するのが理想ですが、なかなか現実は逆のパターンも多く辛い経験をする方も多いのは事実でしょう。
つまり、なかなか自分の思うようにはコントロールできないことの方が多いのです。

私は大学時代というものを自分の行き方、方向性を決める期間だと捉えています。
無数に近い選択肢がありますが、私たちは1つしか選択できません。
もちろん好きなことがあるなら得意不得意に関わらず挑戦してほしい、と思う一方で、さほど努力しなくても結果を出すことのできる自分の得意な「才能」に時間やお金を投資し、開花させて、仕事に生かしていくというのも1つの戦略だと考えています。
正解はないので納得いくまで考えてください。

就活生並びに後輩の皆様の今後の活躍をお祈りしています。
最後に南山大学で陸上競技ができたことや皆様のご協力に今一度、感謝させて頂きます。



カテゴリ :短距離・フィールド トラックバック(-) コメント(0)
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